━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━♪━━━━━━━━━━━‥
 ◆   
 ◇◆         拓郎の「コレ知ってる?」
 ◆◇◆   
 ◇◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━♪━━━━‥
 Meehee hitorigoto          2004年6月16日<第3号>

こんにちはmeeheeです。

先週の配信の予定が実は先々週に配信されてた!
それも6月9日分の方が先に配信になってた
それを知ったのはつい最近のことだった

なんとオーマイゴット〜

なんじゃこりゃ?
って思った人もいたのでは

今回は少し私事を少し書きますね。

これを読んでるみなさんはたぶん?
拓郎ファンであること
年代もかなりの歳であること
間違いない(笑)

では、拓郎との出会いはいったい、
いつ頃なのだろう?

私は今から30年以上前のことです。
そう拓郎がまだデビューをして間もなくだと思います。
元々私は四国の愛媛県に住んでいたのです。
そう、中国地方なので前は海の向こうは広島であった。

そこから流れて来た歌が「吉田拓郎」の「今日からそして明日から」
(だったような気がする?)

曲名は定かでない。最近記憶が段々薄れてきた。(笑)
だが確かに、弾き語りであったそれがとても魅力的であったことで
みょうに印象に残っている。

だが私はこの時点では拓郎にははまらなかったのだ。
当時、中学生の私は当時深夜放送が大流行でした
正にこれにはまっていた(笑)

歌謡曲は大阪ABC放送「ヤングリクエスト」を毎日のように聴いていた
毎日新曲が出るたびに、この曲はそれくらいまでいくか?
を予測するのが楽しみだった。

自分の感性はどれくらいかを知る上での訓練でもあった。
(そんな大げさなものではないが)
TVでは「スター誕生」も賑わっていたので
オーディションを受ける姿をみながら、勝手に「こりゃ売れんの〜」
「これは結構売れるかもね」などと審査員きどりだった。
そんな経験はないですか?

そして予想どおり1位を取った時の
うれしさはたまらない物がある。
考えてみれば、これは競馬の予想に似ているかも
知れない。(ちなみに私はギャンブルはしない)

話がそれてしまった(笑)

「ヤングリクエスト」が終わってからオールナイトニッポンが始まる
これも実にしゃべりのおもしろさがあり
糸井五郎さんの軽快なDJや
カメちゃんてっちゃんの世界にはまったのでした。

私の夢の職業はDJになりたくてしょうがなかったのでした。
とくにしゃべりが得意な訳ではない、
むしろ、めちゃくちゃの口べたである、
人見知りはするし小心物である私が
なぜDJになりたかったのは不思議である。

だが、一人では毎日しゃべっていたのだ。
自転車に乗りながらは必ずしゃべっていたのだから
当時私を見ていた人はかなり気持ち悪いと思ったに違いない(笑)
今でもその癖は残っているみたいで時々子供に気持ち悪いと言わる。

また話を元に戻して、
そこでカメちゃんが深夜3時から新譜コーナーで紹介されたのが
「泉谷しげる登場」だった。

これにぶっ飛んだ。深夜というのに
「これだ!」と思った。まさにビビビッと来たのだ。
当時はみんなカセットテープでなんでも録音していたので思わず録音して
発売まで何度もも聴いたものです。
その曲とは「黒いカバン」だった(笑)

そう泉谷しげるとの出会いこそ、今の私の原点であるのだ!

拓郎じゃなかった。

ギターを抱えて歌いたい!発表したい!
これなら俺にも出来るのではないかと
大きな勘違いをしたはじまりであった(笑)
そんな時期に拓郎もデビューしていたけど
当時私は拓郎には目もくれていなかったのだ。

それがなんで?
と思いきやもちろん「結婚しようよ」の大ヒットは知っていた
だが、これにもはまらなかった。
世の中にテレビに出ない吉田拓郎とは何者だ
と騒いでいる絶頂期に達した時ではないだろうか?

だが私は泉谷の「ねどこのせれな〜で」などに夢中になっていた。

近くの楽器屋でみつけ、一番安いフォークギター8000円の物を
親にねだって買ってもらった。
(ギターの話は、また次回でも)

エレックレコードも全盛を迎えいろんなアーティストも抱えていた
泉谷しげる、古井戸、ケメなどがいた。
いろんなアーティストにも興味が沸いてきた。
正に、時代がそんな求めていた感じする。なんでも売れた。

エレックの通信講座もいくつか買った(身についたものはない)

ここに付いてたのが拓郎の「青春の詩」や「イメージの詩」だった。
だから、2枚持ってる

いつのまにか「今日までそして明日から」を口ずさむようになっていた
ギターをはじめるとよく解るが
次の「元気です」の「旅の宿」で完全にノックアウトしたことは
言うまでもない。これをなんとかギターで弾きたかった。

当時私は高校1年生であった私が拓郎にはまった瞬間だった。




ような気がする(記憶が定かでない)




ちなみに拓郎のオールナイトニッポンの
パーソナリティーになったのは74年からで、まだまだ先の話でした。
これらを全記録したものがある。
http://www.meehee55.com/takuro/kate_pop/pop_allnight_nipon.html


┏‥┓
┃○: 本日の「拓郎の心に染みついたフレーズ」───meehee 2004.06.16
┗‥╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━‥

     私は今日まで生きてみました
     時には誰かの力を借りて
     時には誰かにしがみついて
     私は今日まで生きてみました
     そして今思っています
     明日からもこうして生きて行くだろうと

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━‥
 
 
  初めての方はHPフォームからメールください。
  一度メールくれた方は直接メールください。

 ≪発行≫━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  meehee kore shittel?! 編集室
 《 WEB 》 http://www.meehee55.com/takuro/
 《 MAIL》 kore_mottel@anet.ne.jp
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
このメールマガジンは『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ を利用して
発行しています。配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000131920.htm
発行者Webサイト: http://www.meehee55.com/takuro/maga/
----------------------------------------------------------------------