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◇◆ 拓郎の「コレ知ってる?」
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Meehee hitorigoto 2004年10月6日号
こんにちはmeeheeです。
もう10月になってから随分と涼しくなってきました。
先週まで半袖でしたが、本日より長袖にに衣換えです。
先々週はごめんなさい。
前回は同じ時間に2回の同じものが配信になってしまった。
こちらの予約画面での設定ミスによるものです。
ところで、あれからのメールが
ミーハー様が多くなってきた(笑)
これはどうもカタカナは軽すぎますね。
やめましょう(笑)
これはあくまでも私の記号と思ってください。
先週も配信予定でしたが
このところ仕事が忙しくてとても書く時間が取れなかった。
どうも徹夜になると、これまでのメールのやり取りの記憶が
吹っ飛んで、約束したものを忘れてしまう不安がつきまとう。
メールの返信が届いてない人いたらごめんなさい。
「あれどうなった」をくださいね。
本当こういう時歳を感じてしまう。
そうそう先月誕生日でついに48歳になってしまった。
「いくつになってもハッピーバースデイ」♪〜
家族がお祝いしてくれた。
今回の話は全国ツアーの話に触れてみよう。
拓郎が日本ではじめて全国ツアーなるものを
はじめたのは1972年からのようです。
それまでにももちろん、
その前にも各地方ではコンサートをしていましたが
「吉田拓郎リサイタル」といわれるものが
http://www.din.or.jp/%7Esawanobo/live/1972.htm
ほぼ毎日のように地方でコンサートが開催されている。
思い出してみると、
私が拓郎のコンサートではじめてみたのは
72年田舎愛媛今治市公会堂でした。
かなり田舎であるにもかかわらず、
ここにも拓郎は来たのだ。
松山ならわかるけどね。
(虱潰しとはこのことかも)
まさに、全国縦断したのでしょう。
かなりの数をこなしている。
このコンサートは後から調べると非常にめずらしいもののようです。
それも入場券はなんと800円なのだから。
今に比べてなんと安いことか(笑)
矢沢永吉でさえ現在を見ると7500円くらいだと思う(笑
吉田拓郎全集より
http://www.din.or.jp/%7Esawanobo/live/1972.htm
このコンサートは
加藤和彦と拓郎二人での弾き語りコンサートだった。
はじめに加藤和彦からはじめだった。
当時でも加藤和彦は有名だった。
フォーククルセイダースでヒットしてたし。
一人でも「家をつくるなら〜」もヒットしてたように思う
二人でまわっていたのかと思えば
こんな取り合わせは他で探したがどこにもなかった。
我ながら貴重なコンサートを体験したものだ。
それにこのチケットはなんと700円だった。
今から考えれば、なんと贅沢なコンサートではないか
今本当に高いですね。大御所になったから?
矢沢の永チャンでも7500円くらいだったかな?
ビッグバンドを編成したから採算がとれないから?
いろいろと疑問が頭に浮かぶ。
ある人の解説によるとどうやらグッズが問題らしい
モーニング娘などジャニーズなどの人気ものには
チケット代よりもグッズの販売収益があるので
充分やっていけるらしい。
そういえば、うちの娘はラルクアンシエルのファンだが
かなりのグッズを買っている、
一度に2〜3万円くらい買っているというから驚きだ。
こういう人たちを「ラル貧」というらしい
また話が脱線してしまった。
このコンサートで印象に残っているのは
加藤和彦のギターだ。マーティンD?だったかと思う
そう、当時一番高いギターで
廻りに貝殻を散りばめたいかにも
高級感が漂うモノで
当時でも70万円くらいだったかと思います。
さすが有名ミュージシャンになると違うの〜
「金持ちじゃの〜」と思ったものです。
70万円だからマーティンD70?
なんて当時は日本の感覚で覚えていたのだが
間違っているかも知れない。
ヤマハとは国産だとそうだもんね(笑)
早速あるかどうか?近くの心斎橋の三木楽器に行ってみた
http://www.meehee55.com/takuro/maga/giter/
どうやらマーティンD45らしい。
なんとも豪華だ。
ついでにギブソンJ-45も目に入った。
拓郎=ギブソンJ-45だもんね。
ここの三木楽器店の店長はどうやらかなりの拓郎ファンらしい。
ギブソンJ-45は僕の知ってる人だけでもすでに
このギターを持ってる人が8人は知ってる。
みんな金持ちですね。(笑)
拓郎もその時はギブソンJ-45ではなかった。
マーティンD25?D30?どっちだったかな?
ギターの話は話すと長いので別の機会の書こうと思う。
このギターが松山コンサート直前に盗難になったことがある。
その時は「間に合うかも知れない」を替え歌で
歌ったのも印象的だ
「早く返して欲しい」今ならまだ間に合うかもしれないと(笑)
これをラジオで放送されたものを聞いたことがある。
田舎ですから、すぐに噂は広まった。
その後マーティンは無事に戻ってきたようで安心した。
当時私は写真部だったのでこのコンサートを
何枚か写真を撮ったりしたのだが
全然フラッシュもたけずに
フィルムの感度も悪く写らなかったのを覚えている。
席も立ち上がりまるで報道カメラマンのようだった
今では考えられないね。
今度のツアーでのMCでも触れているように
当時はその会場の設備を利用していたのを思い出す。
弾き語りなのでそんなにいらないのだか
田舎なのでマイクスタンドは直立のものしかなかった。(笑)
ギター用とボーカル用の2つ立てただけの
とてもシンプルだった。
今みたいに2本で折れ曲がらない、調節は上下のみです。
随分、前屈みで歌いにくそうだったのが印象的でした。
内容的には「オンステージ第2集」あたりです。
次の年も来た。その時は猫と一緒だった。
前座という感じだった。
一緒にやったところはなかったと思う。
このどちらかのコンサートかはは忘れたが、
最後に歌った「リンゴ」はレコードとは全然ちがい
延々15分はあったかと思うほど長い曲で幕が降りたのを思い出す。
ギターの弦が切れるのはないかと思われるほどの
迫力があった。
これを聞いてたくさんのファンの心を鷲掴みしたのは
言うまでもない。(私もその一人です)
また今回も収拾のつかない「独り言」になってしまった。
いよいよ今週末は大阪フェスだ、
、
コンサート後オフ会もあるとのこと楽しみにしてます。
大阪ファンの人、いや関西いや、この前は四国からも来てた
逢えること楽しみにしてます。
ではまたmeeheeでした。
次回も読む?
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┃○: 本日の「拓郎の心に染みついたフレーズ」── meehee
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僕は僕なりに自由に振るまってきたし
僕なりに生きてきたんだと思う
だけど、だけど 理由もなく
めいった気分になるのはなぜだろう
思ってる事とやってる事の
違う事へのいらだちだったのか
だから僕は自由さをとりもどそうと
自分を軽蔑して、自分を追いこんで
なんだか自由になったように
意気がっていたのかも知れないんだ
まにあうかもしれない今なら
今の自分を捨てるのは今なんだ
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まにあうかもしれない
この歌も随分と私の中に染みこんでしまった歌だ。
自分をみつめ自分のとの闘う姿が浮かぶ。
何か新しいことをはじめる時に思う
今でも、年甲斐のないことも考えていることがある
「まだまにあうかも知れない」と
初めての方はHPフォームからメールください。
一度メールくれた方は直接メールください。
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